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2007年2月21日 (水)

戦後は終わらない

軍隊のあるアメリカやドイツでさえ徴兵拒否権を認めるのに、日本の教育現場では、国歌斉唱・伴奏さえ拒否できない。

国民の団結を上意下達の強制教育で築けるという考えは、国体護持を振りかざして国家神道を押しつけた戦前への回帰であろう。意を異にするものを非国民として侮蔑し投獄したことに反省のかけらもない。このような政治家が学校でのいじめ問題を解決するなどと息巻いているが、その実、いじめ方を教えてまわっているようなもので、どうにも情けない限り。

神道は仏教と違って因果応報を理解しない。この国を何の脈絡もなしに突然神の国として特別視する。まるで色恋でも語っているかのようなこの国への愛し方である。神託を偽って人心を掌握したい政治家・街宣活動家が利用するにもってこいの宗教・思想となっている。

連合国の敗戦処理で最大のミスは皇室典範の改定と神社の解体不足であろう。天皇は国民ではないから憲法の保障する基本的人権や信教の自由はないと口にするものがいる。だが、人権とは一国の憲法で規定や制限できるものではないというのが国際社会一般の考え方だ。現神社組織に、国家神道の復活の予兆に対して警戒を説くものがいないのは、自らを戒める能力が欠如している証拠である。原理主義者を放し飼いにするイスラム社会・国家と大差あるまい。

おそらく初詣や七五三,結婚式などで、神社の運営に安易に荷担している人々こそが再びこの国を戦争へと駆り立てる元凶になるだろう。そしていつかこう言うだろう、「国に裏切られた」と。国民もまた因果応報を理解しない。

天皇も国歌も国旗も変えることはない。

しかし、私の「美しい国、日本」の情景に朱色の門はない。

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