« Nativeコード | トップページ | 社内出世したい? »

2009年6月14日 (日)

ハガレン

ハガレンは若い人には初めて見聞きするストーリーなのだろうけど、私的にはどこかなつかしい。ドラスレとかのRPGで錬金術の醸し出す雰囲気を知っていたのが大きいのかもしれない。あと、他のマンガからの表現技巧のパクリが多い気がするので、独創的というより集大成的に感じる。

ストーリー上で気になったことを少し。

今日の第11話「ラッシュバレーの奇跡」では、家を焼くシーンですでに“銀時計”を持っていた。
1stでも軍服を着ていたからそう解釈するしかないんだけど、国家錬金術師になってから一旦、故郷に戻ってきたってことになる。慎重にも国家錬金術師になれなかったときの保険をかけていたってことだ。可能性を求めて行動する割には、意外と現実主義者だったりする。

ちなみに、エド11歳の大陸歴1910年2月にトリシャの人体錬成に失敗。10月3日には家を焼き払っている。マンガではオートメイルのリハビリに1年かかった設定だから、家を焼き払うのは1911年10月3日となっている。

もうひとつ、わだかまっていることが人体錬成。

何で人の錬成時でだけ“扉”を見ちゃうのでしょうかね。研究過程では当然のごとく動物実験をしているはず。これは人間は他の生物とは違う特別な生き物だという西洋思想が根底にあるんじゃないかな。
来週第12話はこれと相反する「一は全、全は一」なんていう東洋的なのが出てくる。荒川先生は歴史上の錬金術そのままをモチーフにしているわけではないのだろう。

扉は自称“世界”だと名乗る一方、その役割は恣意的で、どういう存在にするつもりなのか気になっている。抽象的にうやむやで終わらせても、奇抜さで逃げても、ハガレンは所詮マンガだよねってことになると思う。がんばってくださいとしか言えません……。

まあ、つっこみ過ぎるのも大人げないんですがね。

>> 追記

ハガレンでは、錬金術を等価交換の法則の上に成り立っているなんて謳っているけど、歴史上の錬金術は等価交換どころかオカルトなんで、反面教師的に用いることでリアリティを持たせていると思える。

« Nativeコード | トップページ | 社内出世したい? »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ハガレン:

« Nativeコード | トップページ | 社内出世したい? »