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2014年4月20日 (日)

統帥権奪取を彷彿させる集団自衛権解釈

戦前、天皇に備わっていた軍事権(統帥権)を軍部自らが天皇の不可侵性を盾にして他者の口出しを封じて奪取し、これが軍事独裁国家日本誕生の原因となった。 文意そのものをねじ曲げて、どうにでも解釈できるという実績を一旦作ってしまったら、後は前例に従って何でもされてしまう。 抵抗する側も最初の突破で絶望してしまう人が多数出る。 ゴリ押し側はそれを見越して圧せ圧せと進める。 彼らには潔さの欠片もない。 仮想敵国に勝つために手段を選ばない(天皇さえ蔑ろにする)ことを恥とすら感じていないのだろう。

(集団的自衛権)砂川、なぜ今 無罪書いた判事「何でこんな議論に」
http://www.asahi.com/articles/DA3S11094270.html
最高裁大法廷は59年12月、全員一致で一審判決を破棄。日本には「自衛権」があると認めたうえで、憲法9条が保持を禁じた戦力とは日本の戦力であり、米軍はこれに該当しないと判断していた。

  1. 日本には「単独・共同を問わず軍事権はないけど個別自衛権(日本の自衛隊単独の自衛権)」があると認めたうえで、憲法9条が保持を禁じた戦力とは日本政府所轄の戦力であり、米軍はこれに該当しない
  2. 日本には「単独軍事権はないけど集団自衛権(軍事同盟による共同自衛権)」があると認めたうえで、憲法9条が保持を禁じた戦力とは日本単独の戦力であり、同盟米軍(と日本軍)はこれに該当しない

自民党は2の意味で砂川事件を扱おうとする。 これが国語の試験なら0点だろう。
さらに2の解釈には共同軍事権なら自衛権の枠を超えて軍隊を保持できるとする、さらなる軍拡解釈の余地を生んでいる。 このままで行けば、日本はまた軍国化する。

【集団的自衛権行使容認の根拠となるのか】砂川判決、今なぜ? 主張唐突、疑問相次ぐ
http://www.47news.jp/47topics/e/252564.php
「素直に読めば個別的自衛権の話と分かる。判決から集団的自衛権の行使が基礎付けられるとする学者は、知る限りではいない」

憲法9条では、軍事権(戦争権)の否定により、文意通りなら個別自衛権さえ否定しかねないほど強烈だった。 それが自民政権になっただけで、みんなで戦争する分には軍事権(戦争権)の保持にさえならない可能性が出てきた。

平和ボケというのは、武力を持たずとも説得できると思うことを揶揄した言葉ではなく、本来、問題解決を図るに安易に武力に頼ることを戒めた言葉であろう。 必要以上に怖がったり、怖いからと言って過剰防衛をしたり、はたまた先に手を出すことこそが、平和ボケというものである。 9条の意図する平和への探求は、普段から武力の鍛錬を磨けというのではなく、暴力を振るわれる恐怖に打ち勝って相手を説得するリスクを取れ、という意味である。 私にはこうにしか読めない。

砂川事件 - Wikipedia
東京地裁の「米軍駐留は憲法違反」との判決を受けて当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世が、同判決の破棄を狙って外務大臣藤山愛一郎に最高裁への跳躍上告を促す外交圧力をかけたり、最高裁長官・田中と密談したりするなどの介入を行なっていた。
伊達秋雄 - Wikipedia

田中耕太郎 - Wikipedia
田中は砂川事件上告審判決において、「かりに・・・それ[駐留]が違憲であるとしても、とにかく駐留という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できる」、あるいは「既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である」との補足意見を述べている。

社会科学者の時評: ■ 田中耕太郎:対米従属国家官僚の足跡(1) ■
敗戦後パージを免れた天皇教を信奉するカトリック教徒
http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=4946548

日本で政治家に超えて腹黒いのは、最高裁判事たち。 今もかわらない。

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