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2014年7月 1日 (火)

憲法裁

政府が最高裁の人事権を握っている限り、我が国には常に玉虫色な結果がもたらされる。
 憲法判断をなぜ内閣が変えられるのか、私には理解できない。 言葉に残すということは、言葉に忠実に従っても困らないような表記にしているということであり、誤解なんてものが存在できないように当初から作られているのが本来の姿だ。
 最高裁に憲法判断の最終権限があり、政府の言いなりであるという自信があるから、このような暴挙がまかり通る。 最高裁判事を国民審査で戦後誰一人も首にできないというのに、改憲のハードルはどんどんと下げられる一方だ。 崇高な憲法を持ったならば、それを守らせる優秀な番人が必要。 法制局は首相の威嚇でどうにでもなってしまう程度の内閣内の機関で今更強化しても無駄。 ならば、もうひとつの権力機関である最高裁の上に憲法裁を置き、国民が直接任命権を持つべきであろう。 少なくとも憲法条文を読んで「今時分の解釈はこれでよかったんだっけ?」などと人に聞いて回る馬鹿げた法制度はやめてもらいたい。 それこそ、日本の中国化(後進国化)というものだろう。 これで、今の中国にどの面下げて法治主義を諭すというのか。

>> 追記

首相、法案作成へチーム 集団的自衛権の行使容認
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS01038_R00C14A7000000/?dg=1

首相「海外派兵は許されず」
首相「再び戦争をすることはあり得ない」
首相「万全な備えがたくらみへの抑止力」
首相「国民の命と平和を守る」

はいはい、全部、戯言(たわごと)です。 なぜなら、安倍氏は『自分の代では』という言葉を暗に伏せているからです。 パンドラの箱を開けたのが自分であっても、後のことは感知しない(というか隣国の出方次第で更に好きにやれ)ということだから。 踏み石を作っておきながら、自分はそんなつもりではなかったなどと言うのだろう。 この人には邪智があるから、先のことは知らないなんて、当然嘘である。 喧嘩をふっかけられたら、相手と同じレベルで争うのが当たり前(というかエスカレートしてもOK)だと考える人間ばかりの世の中になってしまったとつくづく思う。 戦争を知らない世代というのは、やり過ぎを第三者に咎められて恥ずかしい思いをしなければ、自分の凶悪性に気づかないのだろうか。

>> 追記

北朝鮮制裁解除:拉致問題で決断…「整合性取れぬ」懸念も
http://mainichi.jp/select/news/20140705k0000m010084000c.html

日本も中国並みに、恣意的な法運用が可能になったらしい。

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