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2014年8月10日 (日)

排除思想が産む革命

【西論】原爆の日が政治利用される「過ち」は、繰返させませぬから 論説委員・鹿間孝一
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140810/waf14081012000001-n1.htm
さらに中学校の卒業式でゲンが「わしゃ天皇はきらいじゃ」と言い放ち、君が代斉唱を拒絶するシーンもある。
 こうした反日的、自虐的な漫画が発育期の子供たちにどんな悪影響を与えるか。松江市教委でなくとも危惧するだろう。

産経こそ、「君が代」の否定=反日 というレッテル貼りも大概にしたらどうだ。
 国歌を変えたいと思ったら、それだけで日本人として失格だとは、恐ろしい思想だ。 私自身は違うが、別に天皇制を否定する日本人がいても私はよいと思っている。 天皇といえど、絶対的安泰な地位を保障することなど、神格化と同一行為だからだ。
 「はだしのゲン」の何が本当で何が嘘で何が不明(これ大事)なのかを知ればよいだけのことであって、隠すこと自体が反教育的であろう。 私も「はだしのゲン」はグロいので嫌いだが、それでも無くなればよいとは思わない。
 物事には、良い面と悪い面の両方を持つ存在がある。 そのときに悪い面だけを批判して排除するようなことは、そのまま排他思想以外の何者でもない。 それは自分はそんな立場に立つことはないという傲慢さから来る解釈だ。 権力闘争の歴史において、排除が成功したら、次の新たな排除がはじまるだけという、単純な想像もできない愚か者の考えである。
 また、正統を振りかざす格差助長行為は、革命思想を自ら拡散するようなものだ。 言ってしまえば、天皇の「褒め殺し」である。 天皇のガードを固くすればするほど、妬みを受けて民の心は離れる。 逆効果なんて産経には想像もできないであろう。 自業自得だから放っておきたいところだが、さすがに自分の国じゃとばっちりを食らうので、産経には自制願いたい。

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