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2014年9月 4日 (木)

力への過信

海自沖縄基地:19歳1士を上官が暴行 家族が調査要求
http://mainichi.jp/select/news/20140904k0000m040173000c.html
護衛艦乗組員が自殺 いじめが原因か
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140901/k10014256081000.html

『力』 がなくては正義を保てないと言われるが、その声が強まるだけで力だけでどうにでもなると考えるものが台頭してくる。 意見対立における懸念があると、優秀な我が国の組織では「そんなことにはならない」と安心を強調するよう説得されるが、いずれ懸念の溝を侵食するように段階的ななし崩しがはじまる。 世代交代があればなおさらで、前任者の約束事など忘れ去られてしまう。
 単純な挑発あるいは逆の陰謀論に乗らない思慮深いものが組織の先頭に立たなくてはならないのだが、我が国はトップは猜疑心にどっぷり浸かっている。 下は上の真似をするもの。 意見対立者を見下す視点持ちで、戦場に出向いたらどうなるか。 疑心暗鬼で銃をぶっぱなす者が出るのは必須だろう。 国内においても、政治的な妥協を一切許さない許容や寛容の余地を持たないようになる。 必要以上の脅威論への世論誘導は自ら外交交渉の足枷をはめるようなものだ。

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