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2015年1月31日 (土)

ポピュリズムと自粛

チャイ屋の片隅で:(4)なぜマララさんは嫌われるのか
http://mainichi.jp/feature/news/20150120mog00m030007000c.html

如何にも先進国で教育を受けた記者が書いた記事。
 大勢が反対することに恐れおののき、言葉を鈍らせる。 未来が見えないから、とりあえず流されようとする。 かつてそうやって日本は自国の暴走を止められなかったのではないか。 日本人の手で帝国憲法を現憲法に向上できなかったのは自明の理というものだ。
 およそ、発展途上国の思想状況は先進国より悪い。 そこに融和政策で改革を計っても失敗する。 軋轢覚悟で象徴を打ち込むハードランディングが必要なのだ。 たぶん、マララさんは一生涯、穏やかな暮らしは望むべくもないが、それは本人もノーベル賞委員もわかった上でのこと。 命だけを至高とするボンクラ日本人には及びもつかない。

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