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2015年2月27日 (金)

冤罪を生む最高裁判事

本ブログをしばらく休止する前に、最後にひとつ投稿。
日本の裁判所はまともだと思っていると、とんでもないという話。

強姦事件の再審決定 診療記録、証言と矛盾 大阪地裁
http://www.asahi.com/articles/ASH2V7311H2VPTIL017.html

「疑わしきは罰せず」
 こんなことは、司法の常識中の常識。 であれば、なぜ冤罪が生まれるのか。 最高裁判事に人を見る目がないということに尽きる。 それを選んでいるのは内閣だ。 つまり、内閣の背骨が曲がっていれば、それは法解釈にまで投影される。 証拠が薄い場合、全部白としてしまうと犯罪者を多く野放しにしまうのはわかるが、それでも理詰めで納得出来ない余地がわずかでもあるなら、罪を下してはならない。 このようなことをしでかしても、最高裁判事は職務怠慢で訴えられること無く、国民審査で失敗判決として選挙公報に載ることもない
 また、政治的に三権分立といいながら、内閣の顔色を伺う忖度姿勢は明白だ。 選挙定数是正不足を違憲・選挙有効という矛盾で押し通すのはもちろん、政治家の国民への偽証を国家機密という扱いで隠蔽に加担し、暴露記者を別件で有罪に貶めるなど、到底純潔の人などとは言えない。 これから先、政教分離や教科書検定を巡って怪しい判決が待ち受けていると危惧せざるを得ない。 例えば、自衛隊が合憲であるには専守防衛に限定され、先制攻撃への抑止力を超えてはならない。 隣国を武力で怯えさせない適正規模である必要があるのだが、それを判断できるかどうか。 太平洋戦争は世界から要求された軍縮を突っぱねたところから、日本は後戻りできなくなったことが原因。 司法のトップがその権力を最大限に行使するときをどのように想定しているのか、国民は関心を持つべきだろう。

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