スポーツ

2014年12月20日 (土)

最強ではなく最長

World’s oldest footballer Kazuyoshi Miura extends his contract in Japan
http://www.theguardian.com/football/2014/dec/19/kazuyoshi-miura-oldest-player-japan-new-contract
英紙、47歳三浦の現役続行紹介 「キング・カズ」
http://www.47news.jp/CN/201412/CN2014122001001500.html

記録にはいろいろあるが、ストロングではなくロングも同じくらい立派な評価に値する。 ロングになれるのは弱くてはダメ。 また、一旦頂点を取ってしまうとその維持は難しい。 下がる一方の成績にモチベーションを失うのが大半であろう。 その中において、この記録は素晴らしい。

2014年9月 4日 (木)

スポーツの意義

マリノスサポーター「バナナ事件」を考える | ドイツのスポーツはなぜいじめ・体罰がないのか
http://toyokeizai.net/articles/-/46933
面白いのはドイツの企業にもスポーツが活用されるケースがあることだ。ただ日本の事情とは異なり、スポーツにある公平、平等といった価値に着目される。

日本のスポーツに求める期待は、他を圧倒(罵倒)する能力。 ルールの公平な適用ではなく、我田引水力とでも言うべきスタイルがもてはやされる。 中国・韓国も基本的に日本のマネだ。 生活環境の一部としてスポーツを受け入れる素地が不足している原因はそこにあるのだろう。 高齢化社会になって、社会保険制度が医療費の負担増で揺らぐと言われているのに、この軍隊教練式なスポーツ振興制度を改めないとはねぇ。 まず、健康より名誉を持ってくる姿勢をただしたらどうだ。

先輩の暴力で重傷負い提訴 神村学園の元野球部員 神戸地裁
http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/201409/0007298960.shtml

おそらく、ほとんどの高校中学でこれが現状で、教師自身が黙認あるいは率先している。 口頭での注意を聞けない子への対処方法を見いだせず、体罰は必要という結論に至るや、安易に体罰のみに頼る者が出てくる。 なめるとかなめないとかという視点にこだわり、他人もリスペクトできない。 そうさせるだけの脅迫観念を晴れ舞台での活躍という成績が強要している。 スポーツ特待とか推薦における被推薦側が準備している推薦状など、やめてしまえと私は思う。

2014年7月 6日 (日)

ケガをさせたらアウトだろ

ネイマール脊椎骨折、FIFA規律委が調査
http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2014/tournament/20140706-OYT1T50035.html

前を(わざと)見ていなかったことを、見えてなかったことにすれば、故意は否定されて、何の問題もない……そういうことか。 「ボールしか追いかけてませんでしたー」と? 単なるファールで済まなくて、けが人が出ても「わざとじゃありませーん」と……。 もしそうなら、わざとでも手加減した方がまだましというものだろう。 それどころか、刺し違えで相手のエースをケガをさせてもOKだということになれば、サッカーの試合は八百長っぽくなるだけではないか。 それともサッカーは格闘技だから、ケガをした方が悪いと? まるで見つからなきゃ何やってもいいんだ的なセリフだねぇ。 ちゃんとペナルティを課さなければ、再発防止にはなるまい。

2014年6月14日 (土)

サッカー嫌い

プロサッカーはそんなに嫌いじゃない。 体を動かすプレイサッカーも本当は好き。 じゃあ、何が嫌いって、学校サッカーである。
試合(ゲーム)をするとき、やはり審判を生徒の中から選出する。 ところが、審判の数が1人2人など圧倒的に足りないから誤審というか見逃しが多い。 一方、プレイする側も不服判定に脅しまがいのことをしてジャッジを蔑ろにする。 プロの頂点のワールドカップでさえ、審判に文句を言う選手がいるのだから、なおさら学校の授業では配慮するべきなのに、体育教師は部活を重視して、いい加減な一般授業をする。 こんな実態が改善されない限り、私はサッカー嫌いのままだろう。

W杯開幕戦、西村主審の判定にフレジが見解
http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2014/etc/20140614-OYT1T50077.html

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昨日の FIFA World Cup 2014 Brazil vs Croatia の写真やニュースを見てみると、もうなんだか大人げない。 このどこが微妙な判定なんだろうか。 倒されたあとのフレジのアピールは大げさだが、その原因となったロヴレンの行為は許しがたい。 PKエリアであのようなことをすればどうなるかはプロなら知っているはずだろう。 ではなぜ、手を出してしまったか。 それは、もうそのようなラププレイに普段から “慣れ” てしまっているから。 一方、ブラジルの選手は相手の動作を利用するような細やかなプレイをしている。 線を割りそうなボールをわざとバックキックで相手にぶつけるなど、感心してしまう。 ルールを正しく適用できない人間の多さに未だにあきれるサッカーだが、せめて世界の頂点ぐらいはまともなところを見たいものだ。

>> 追記

「高校サッカー、誤審相次いだ」 滋賀で調停申し立て
http://www.asahi.com/articles/ASG7R6456G7RPTJB01R.html

少なくとも、プレイするからにはラインマンも含めいて審判員の数を十分に満たすべきだろうね。 それが、例え学校の授業であってもだ。 公式大会ならなおさらだろう。 審判の未熟を嘆くなら、それこそカメラを導入してプロに近づければよい。 従うべき審判の育成や雇用に金をかけられないというなら、そういう柔軟性を持つべきだろうが。

2014年5月24日 (土)

伝統に奢る国技

昨今、安倍首相にならって極右的排他的なことをいうとモテ囃されると勘違いする著名人が増えてきた。 怒鳴り声をあげる民族主義者と権力を振りかざす議員とやたら偉そうな神主のタッグに抗(あらが)うと命が縮みそうだから、真っ先に諂(へつら)い謙(へりくだ)っておこうという疚(やま)しい根性を感じさせる。 誰かの犠牲を強いる思想に安易に加担する彼らは、不安を虚勢で覆い隠しているようなもの。 これは「いじめ」の構造そのまんまではないか。 大人がこれでは子どもがマネするのは当然であろう。

“昭和天皇万歳”集会で――舞の海氏が排外発言
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=4394
NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語ると、参加者から拍手が湧いた。“日の丸”旗を手にした男性が「頑張れよ」と叫び、会場は排外主義的空気が顕著になった。

国技だから、外国人力士は出て行け。
国技だから、天皇は観覧せよ。

何を言っているのか、こいつらは……。
 何が国技に選ばれるのかなんて、時代毎に変えていいものだし、伝統で縛るものじゃない。 国技にふさわしい体面を整えるのはそれぞれのスポーツ団体の役目であって、国技であることを前提にものを要求するのは本末転倒であろう。 国が健康増進の域を超えて一団体に肩入れするのは度が過ぎる。 まして、負けた続けたままの現状で「外国人出て行け」とは、井の中の蛙というか一人相撲というか、スポーツマンシップの欠片もない。

【舞の海の相撲“俵”論】昭和の日に「天覧相撲」復活を想う
http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140502/mrt14050207530001-n1.htm

新聞には当り障りのないところでとどめておき、イベントでは人目を憚らない声をあげる。 そんな裏表があり過ぎる人物を記事でヨイショするとろくな事がない。

>> 追記

白鵬、夫人の第4子流産を表明
http://www.daily.co.jp/newsflash/general/2014/06/05/0007025913.shtml

こんな気遣い、日本人だってなかなかできない。 これを出身地を理由に排除しようというのか。 恥ずかしいよ、舞の海。

2014年5月12日 (月)

登頂断念に勇気は不要

内村光良、イモト登頂断念に「賢明な判断、勇気ある決断」 (イモトアヤコ)
http://www.oricon.co.jp/news/2037342/full/

アルピニストにとって、登頂断念を「勇気ある決断」と評されるのは好ましくない。
芸能人らとマスコミ連中はこれを知らないのだろうか。 この話題が何度も繰り返されるということは、社会に登山の常識が浸透していないことを示している。 極当たり前のことを持て囃すことは、返って決断に勇気が必要かのような誤解を生む。  こういう時は、「冷静な判断」と評するのが一番ふさわしい。

2014年3月16日 (日)

公平とは

正しいコース滑って遅れ バイアスロン女子抗議へ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140314/k10015992581000.html

 政治発言をする人に、ルールや公平は発言力のバランス(均衡)によって、綱引きのように位置が変わるのだという人がいる。 だが、それは当事者を誰に置くかで解釈が異なってくるはずだ。 全人類的な規模の感心事であれば、狭い人間関係のパワハラみたいな強引な強制で済ませるということはあってはならない。 クリミア侵攻を見るまでもなく多数派の重用ばかりというのは許されるべきではない。
 今回のパラレンピックの取り得べきは、メダリストを2パターン用意する他ないだろう。

バイアスロン 再レース行わない方針
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140316/t10013009051000.html
ゴンサレスCEOは「個人が時計と戦う種目であり、集団レースや追跡レースではない。選手が全員、同じ距離を滑り、結果を比較できたので、あの時点では最善の解決策だった」

 競技スポーツのルール策定や適用がこんなに恣意的なら、バカバカしくて参加意義を感じられるとは思えないね。 昔からこんなのを何度も何度も繰り返してなお改めない。 それはIOC/JOCの人が入れ替わるから明文化されていない約束事が反故にされるせいなのか、それとも組織独裁者の怠慢や集団的指導体制の意思疎通弊害なのかわからんが、スポーツを心から楽しむためには、まともな裁定者不在の「競技」を避ける人が出てきても不思議ではない。 私は、大会優勝者が世界一とされることについて疑問を持っているし、自画自賛気味の判定・審判サイドにも胡散臭さを感じている。 彼らは本当にスポーツを愛しているのか?!

2014年2月15日 (土)

「厳しさは正論」の勘違い

「負けたのにヘラヘラと『楽しかった』はあり得ない」 竹田恒泰氏の五輪選手への「注文」が賛否両論
http://www.j-cast.com/2014/02/09196363.html?p=all

厳しいことを言えば正論に聞こえるようだが、それは違う。
 五輪では「国費を使うから」ヘラヘラするなと言うが、そもそも国費を使わない選択肢が選手にはない。 一方的にお仕着せているのにベルトコンベアかロボットのように結果を求められるとしたら、甚だ迷惑この上ない。 それは選手のサポートではなく拘束というものだろう。 自由のない競技生活のどこに五輪のアマチュア精神が活かされているのだろうか。

2014年2月12日 (水)

不正判定

【アイスホッケー】日本、幻のゴール アピール認められずビデオ判定なし - ソチ冬季五輪2014
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140212/soc14021209590046-n1.htm
【アイスホッケー・ロシア戦速報(3終)】スマイルジャパン1-2で惜敗 - ソチ冬季五輪2014
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140212/soc14021202260014-n1.htm

このドイツ人審判員って……儲かってまっか?

Russia sink Japan to reach quarters | Reuters
http://in.reuters.com/article/slideshow/idINBREA1A1O620140211#a=1
※拡大写真
http://s1.reutersmedia.net/resources/r/?m=02&d=20140211&t=2&i=837378725&w=&fh=&fw=&r=CBREA1A1DFH00

オリンピックねぇ……東京に来るんだから、否定的な態度は控えたいところだけど、こういう大会が最高峰だとか決めつけないで欲しいわな。 そもそもスポーツを楽しむのに競技が必須という思考が間違っているんじゃないかな。

>> 追記

うるさ型オーナーにご用心
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO67262210S4A220C1000000/
森氏の発言が不安をかきたてるのは、それなりの立場にある人の、この手の発言が、これからいくらでも出てくるだろうと予感させるからだ。

 まー健康的な活動を楽しむことができなくなったんらば、紅白歌合戦が音楽としての本来の姿から逸脱して飽きられたように、五輪もそうなっていく可能性はある。

2013年12月24日 (火)

スポーツ界の既得権益

涙から一転、五輪へ 高橋「言葉が見つからない」
http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312230291.html

 高橋では五輪のメダルは無理だろう。 技術力より表現力に勝る高橋が、さらに怪我で思うように跳べないなら可能性はないと素人目にもわかるはずだ。 過去の栄光にしがみつきたい(つかせたい)というのは、演技者本人よりも選考委員の方だと思う。 現実を客観的に見れずに世代交代に失敗していくこの国の未来に不安を覚えずにはいられない。

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