芸能・アイドル

2015年1月15日 (木)

褒章の価値

サザン桑田さんがお詫びと釈明 年越しライブ・紅白出演
http://www.asahi.com/articles/ASH1H64X1H1HUCLV00G.html
ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、紫綬褒章をお披露目させていただき、いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする場面も作らせていただきました。その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを織り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があった為、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

褒章の取り扱いと曲の評価をごちゃまぜにして批判が起きたため、問題が複雑化するのを避けたのだろう。
 褒章については、もらったからには扱いに気をつけよということである一方、褒章そのものに価値を認めない人がいることも確かなことである。 褒章自体の価値を越えて何らかの責任を取らせるのは、それはそれでやり過ぎというもの。 実際には、下位の褒章では売買もされている実態があるくらいなので、与える政府自体の評価とも言える。 褒章には、国の存在価値を最高とする(絶対視する)人だけが受章しなければならばいという条件は存在しない。
 ちなみに、褒章ではなく勲章の方の話ではあるが、皇族は20歳になればほぼ自動的に受ける。 つい先日も佳子内親王が受けている。 対外的(外交的)に叙勲無しのままでは活動しにくいからというのが理由とされている。

>> 追記

抗議した右翼系団体の言
「我々は表現・言論の自由を潰そうとしているわけではない。ただ、日本人としてやっていいことと悪いことがある。今回の桑田のパフォーマンスは天皇陛下に対する侮辱、国家の尊厳を踏みにじる行為だ。日本固有の領土である尖閣諸島を『中国領土』とした映像は国益を無視するもので、断じて見過ごすことはできない」

色々突っ込みどころがあるが、1つだけ。
 天皇陛下に対する侮辱とは、叙勲式の時の陛下のマネをしたことか。 マネることは、その人を揶揄するだけの行為とは限らない。 モノマネプロのコロッケは、リスペクトの意味を含んで真似ているし本人も真似された方もそう感じ、そう語っている。 仕草を真似るのは親近感の表れと言えよう。 この右翼もどきは、偶像等何かに例える表現を禁じられたイスラムのアラーと同じように、天皇を神として扱えと言いたいのだろうか。 我々は、こうした抗議の底流に国家神道への安易な傾倒があることを見抜くべきである。

文化介入: 雑想ポケット
http://picorich.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-eed5.html

悪ふざけと芸能界とネット

 やり過ぎを『冗談ごかし』にすれば許されるというのは、映画・番組内や舞台上であって、現実において許されることではない。 一般人が出演していたとしても、それは人前で語れるほどの特殊な話題性のためであり、真の意味で『一般』とは言い難い。 また、芸能人が体験談を語る中で「本当に」「マジで」と口にしても話半分に聞いておくことである。 一つには、嘘を付いている可能性、二つには、勘違いをしている可能性、三つには、仕事として台本がある可能性 がほぼすべてである。 彼らにとって嘘をつくことは仕事であり、世間一般のそれとはかなり異なる。 また、長く在籍していると、身も心も芸に呑まれてしまうようだ。 例えば、酒場で知り合った人に悪ふざけで暴言を吐いて半殺しに目に遭った者もいたであろう。 それら非日常を知るスポンサーの中には、ビジネス以上の関わりあいをマスコミと持たない人が多いと思われる。

 お笑いの企画会社やテレビ局は、イジメや犯罪の助長につながらないよう、タレント本人にやり過ぎの場面は芸の一環であることを明らかにさせたり、常識的な思考もできることを披露すべきだと私は思う。 それができなくなってしまった病的芸人は、こっそりレギュラーから外してもらいたい。 芸能事務所は、所属タレントを売り込むためにはハメを外させることを厭わない。 そんな態度に気をよくしたプロデューサーが、マンネリ打破を口実に社会性や教育的な視点に欠ける番組を作ることは十分ありえること。 視聴率が如何に高かろうとも擯斥にして欲しいものだ。 テレビ局には、見るつもりはなくても目に入ってしまう放送という公共性に留意してもらいたい。

 ネット掲示板や動画については、社会性を身につけるまでは、家庭で未成年に見せないということを徹底することが大事だろう。 生の事実が必ずしも人格形成に好影響するとは限らない。 違法性の高いコンテンツについてどうと捉えるか、を話し合う機会を学校の情報科の授業内で設け、徐々に個別に制限を緩める、そういうきめ細かさが必要だと考える。
 また、CGMやSNSコンテンツのインフラ側は、事前検査は不可能だとしているが、本当だろうか。 ネットでは個人を特定するのは色々問題があって難しいのはわかる。 しかし、実在するどこかの誰か(ユニーク)であることを証明するのは不可能ではないはず。 名前・住所・性別・生年月日という個人情報を秘匿した形で永続的な公開IDを用いれば、過去の動向からリスクコンテンツを事前に知ることもできるだろう。 社会保障番号(マイナンバー)そのものは公開IDに相応しくないが、実名に代わるよう、信用力を大事に育てるネット名(非重複ニックネーム)というのを、国家をまたがって(国が関与できない)民間の非営利制度として行ってはどうかと思う。 世界中の人が半強制的に架空名を持ち、それを活用できるスキルが求められるということだ。 もし、個人情報と公開IDが第三者によって紐付けられてしまう事態が起これば、あらたに公開IDを発行するなどの工夫も必要だが、どうにか運用できると私は考える。

2015年1月 9日 (金)

政治ネタが没になる理由

爆笑問題、政治家ネタが没に NHKのお笑い番組
http://www.asahi.com/articles/ASH175CJNH17UCVL01H.html

公平性の観点から禁止という理由には違和感がある。
 そもそもお笑い連中をはじめとして芸能界の政治発言に元々重みはなかったはずだ。 なのにわざわざ局が口を出すのは、政府のプロパガンダが霞んでしまうのを恐れるからである。 本当の理由は、政府系のネタを芸人が披露した場合、こっちには言葉の重みを付けさせたいのだ。 だから、それ以外を公平性を口実に排除している。 実際に政府の宣伝に沿ってネタ作りをしてみれば、番組を通ること間違いない。 その際は、社会公益性を重視して許可しましたと局は答えるであろう。 つまり、なんとでも言えるのである。
 とここまで書いても、安倍信者にとっては問題性すら認識できない。 「それでいいだろ」と答えるのみである。 他国には法の支配を説きながら、自国では恣意的な運用環境の構築をせっせと進めている。 度が過ぎるエゴイズムでさえ恥とは思わない連中なのだから、自語相違も厚顔で押し通す。 ずいぶん、日本も歯臭くなったものだ。

>> 追記

政治家ネタ没 NHK会長「個人名あげるのは品がない」
http://www.asahi.com/articles/ASH185W9QH18UCVL010.html

それを言ったら、政治家のモノマネは全部ボツだろ。 政治家は国の象徴でもなければ、当然、神でもない。 上から貼ったレッテルを下から貼り返されるのが、そんなに恐いのか。 恐いだろうねぇ。 今まで好き勝手やったんだから。 

2015年1月 7日 (水)

TV番組活用の良し悪し

May J.激白「幸せな1年」「バッシングは正直つらかった」
http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/353162/

May J.、『紅白』でその他大勢扱い! 炎上歌姫に「さすがにかわいそう」の声
http://www.cyzowoman.com/2014/12/post_14570.html
紅白のアナ雪レリゴー、西川貴教が「May.J・本家・神田沙也加よりスゴい」と話題に
http://news.aol.jp/2015/01/01/tmrevolution/

事務所が問題なのだろう。
 露出を多くしたいばかりに、バラエティに出演させたせいで、逆に評判を落としてしまった。 一旦、バッシングがはじまると、言うに事欠いてやり過ぎるのが今の日本。 まだ、本当の事ならまだしも、不当評価レベルでは浮かばれない。
 松たか子と聴き比べて私なりの感想をいうと、劇中歌としては頼りげ無い声圧の松たか子の方がマッチしていると感じた。 ただ、それはあくまで映像と合わせた場合の話で、歌唱力ではMay J. の方が上で間違いないだろう。 サラ・オレイン(Sarah Àlainn)は個人的に鼻腔の響きが気に入らない(抜けが足りない)ので評価しない。 別に彼女の歌い方のせいではないのはわかっている。 好きな人には好きなのだろうが……。
 で、本家のイディナ・メンゼル(Idina Menzel)は、これは仕方ない。 映像も英語に合わせて作ってあるのだし、そうでなくてはディズニーの顔が立たない。 NHK紅白はひどいとは思うが、順番が逆だったらもっとひどいことになっていたと思える。
 ところで、生録の音声に対して、「息継ぎが大きい」と感想を書いたバカがいた。 こういう事を書くのは、スタジオやライブ録音のCDは編集されていることを知らないんだろう。 生放送では、息継ぎを消すことは不可能。 歌手がこれ見よがしにマイクを遠ざけ(フミヤとか見てればわかるはず)でもしなければ、消せない。 ダンスで動き回るAKB48とかは口パク必須だ。 ギターだって生では弦を引きずる。 そんな的ハズレな批判をするのは、芸能界に夢を見させ続けられている、お目出度い人だと言っておこう。 まあ、本当に歌が好きで自分で動いた人であるならば、一発で理解できることなのだが。 ということで、May J.の行く末は心配には及ばない。

2015年1月 6日 (火)

文化介入

サザン「ピースとハイライト」は政権批判? 解釈で波紋
http://www.asahi.com/articles/ASH155SJLH15UTIL02G.html

サザンが反日だって?
 アホか。 あいつらはスリルを味わっているだけで、どこぞの政治賛同者ではない。 過剰反応を示す奴らをおちょくっているだけ。 歌詞だって、一方だけを批判する内容にはなっていないだろうが。
 むしろ、一方のみを賞賛してたら、それが例え政府見解に一致したとしても文化的には大NGだろう。 まず、芸能人による政治発言を過大評価する事自体に問題がある。 次に、翼賛発言以外をすべて反日認定するという排他思想にも辟易する。 反日と騒ぎまくる連中こそ、「和」的とは言い難いテリトリー狂いのエゴイストに見えて仕方がない。
 歌手が政治的に注目を集めるようになったそもそもの発端は、X-JAPAN であろう。 何をどう利用されるのか警戒心を持たない今どきの芸能界は、政府のプロパガンダに呑まれつつある。 政治家に靡くロックンローラーを愛でるバカ日本。 何処まで了見が狭いのだろうか。 自虐史観レッテルヘイカーの方が自縛主義というものだ。

>> 追記

サザン桑田 ラジオ謝罪【ほぼ全文】
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/01/18/0007668123.shtml

こんなもんでしょ。 政治批判の象徴になりたがるようなタマじゃない。 それを全力で叩くなんて、それこそみっともない。

2014年8月18日 (月)

図星と安易

地震の後には戦争がやってくる 清志郎の言葉、いま響く
http://digital.asahi.com/articles/ASG8G3QFMG8GULZU002.html

戦争経験者なら知っていよう。 戦争を正当化する理由なんて、『後付け』でどうとでもなると。
 だから、戦わないという『不戦』有りきが大事なのだ。 代わりに説得を命がけで行わなければならない。 中国、韓国、ロシア、北朝鮮、イスラム原理主義等々、怒り狂う彼らを説き防ぐのが我々の義務である。 これを安易に武器兵器で代替しようなどとは臆病者のすることだ。
 清志郎もそうだったろうが、反戦のカリスマに仕立てあげられることを芸能人は拒む。 今でも拓郎や和正なんかは逃げてばかり。 反戦なんてみんなでやるもので、ピンで引っ張るもんじゃないという気持ちはわかる……それでもだ。 詞に込められないなら、声に出せないのなら、ただの娯楽道楽の提供に過ぎない。 時が過ぎれば忘れてしまっていい歌ばかり作って、人生の一時を謳歌したい芸能人には、どこか侘びしさを感じる。 清志郎の歌は嫌いだったけど、今でもずっと覚えているし、生涯忘れないだろう。

2014年8月 6日 (水)

芸能界の迎合主義

今の世の中がどれだけ異常なのか、その渦中に生まれた世代にはわからない。

吉永小百合さん「どんな状況でも、核兵器はノー」
http://digital.asahi.com/articles/ASG847F05G84PTIL037.html

 反戦や原発廃止を訴えるだけで、左翼扱いされる。 こんな馬鹿なことがあろうか。 確かに、左翼活動家はアナーキズムと結びついて無政府状態や無秩序化といった結果をもたらすことはある。 しかし、反戦や原発廃止活動がそのような状態を目指しているというのは、こじつけも甚だしい。
 今、芸能界で反戦や原発廃止を口にできる人が、どれだけわずかか知っているのだろうか。 お笑い系は全滅。 食っていくのにやっとな芸人になすすべもない。 食っていけるようになってもいつ干されるかわからない恐怖がもたれる。 高給取りになっても人を食ってなんぼで真面目なネタは扱いにくいと理屈をつけて逃げる。 映画など配給会社に依存する俳優も無言の圧力がかかる。 こういうときに彼らのセリフは「芸の道に専念する」とそれっぽい言い方で逃げる。 テレビなどの放送については局次第だが、局を選べるだけの芸人は少ない。 歌手は色恋歌ってなんぼ。 やれて、『ラブ&ピース』とお茶を濁すくらい。 むしろ、高らかに国歌を唄い上げた方が箔が付くと。 命を守るより、命がけで事をなすのが、かっこ良さだと信じている。 自分応援歌やリズム主体のイケイケラップが氾濫するなか、人の痛みなどは省みる余裕もない。

新田恵利、おニャン子「半分くらい彼氏いた」 「恋愛禁止」は表向き
http://www.oricon.co.jp/news/2040648/full/

 アイドルに至っては、事務所から政治と宗教は口にするなと言われているのは表向きの理由だが、それ以前に人を騙して金を巻き上げることは仕事の範疇だという認識。 面白可笑しく生きてなんぼ。 「騙される側も楽しんだんだからいいでしょ」と言ってのける。 お祭り気分を演出するのに、反戦・原発廃止は似合わないのだ。 それより、脱がなくてもいいように隠れて彼氏をゲットすることに忙しい。
 人気という虚構に乗っかる人々には、迎合主義から抜け出せない。 戦前、戦中に芸能界が犯したミスは何度でも繰り返される。

2014年5月25日 (日)

芸能界隈は情弱と詐欺師の巣窟

AKB 切られたのは川栄さんと入山さん
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140525/t10014714011000.html
AKB握手会、川栄李奈さんと入山杏奈さんら襲われけが
http://www.asahi.com/articles/ASG5T5VXFG5TUJUB009.html

スタッフは何をしていたんかね。 悪いけど、スタッフには同情しない。 こういう事件は昔から何度も繰り返されているだろうに。
 ところで、この騒ぎに乗じて、またまた偽情報(デマ)を流すバカどもが多いこと多いこと。 容疑者だという顔写真とその連行現場の写真が紹介されているけど、デタラメ。 自分が最初についた嘘じゃないんだとしても、紹介するときになぜ確認とらないのかねぇ?
「誰かが書いた」→真実性はその人に任せればいいんじゃね?(んなことあるかボケ!)

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例1:デタラメ顔写真

Twitter / mako_lovelly: 犯人この人らしいですよ! 梅田 悟 (うめだ さとる) 24 ...
https://twitter.com/mako_lovelly/status/470534199699443712/photo/1

このTwitterに貼られている画像が別人の画像。
出処はここ(ただしリンク切れ)。

「母親殺した」と出頭、20歳長男を殺人容疑で逮捕
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2071187.html

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例2:デタラメ連行写真

Twitter / Chu_2_byo: AKB握手会刃物男、青森県十和田市 梅田悟容疑者24歳 ...
https://twitter.com/Chu_2_byo/status/470534531426967552/photo/1

このTwitterに貼られている画像が別人の画像。
出処はここ(日本じゃないし)。

广州火车站男子持刀砍人 6人被砍伤_网易新闻
http://news.163.com/photoview/00AN0001/57946.html#p=9RIHFIAM00AN0001

LINEやTwitterや掲示板に流れている情報って引用するときに必ずウラを取れよ。
そこに書いてあることの何%が事実だと思う? 2chなら1%もねぇよ。 それが見抜けないなら、ネットなんかやってないで勉強しろってんだ。 それでも、新しいのや目立つのが正しいんだとついつい思っちゃうんなら、もう自分で調べるより、しっかりした友達を見つける方が先。 芸能に限らず、宗教も政治もみんなハズレくじ引かされて行ってるのにプライドだけは高いのを見ていると、ほんと進歩したのは積み上げができる科学技術だけで、人格じゃないんだとわかる。

2014年5月16日 (金)

詐国

百田尚樹に与道した山崎貴とか桑田佳祐のことである。
 懐古趣味に乗じた見せかけの安堵感に我々は逆上(のぼ)せている。 結局、「戦争賛美なんかしていない」という百田の言葉とは裏腹に、この映画は戦争賛美に使われている。 映画を見た人の発言として「家族のために」が「日本のために」にいとも容易く転化されているのだ。 百田あたりの言辞は嘘まみれと見てよいが、それを気付かずに広めている芸能人の多いこと多いこと。 戦前戦中、軍国化を賛美を以って加速させた連中が、芸能界であることを考えると、全く同じ状況が生まれている。 食えない芸能人あるいは落ち目な芸能人が何でもやることぐらいわからない人が多すぎる。 芸能界とは昔も今も虚飾と金まみれであって、その幻想にすがりついてしまうこの時代こそが、平和ボケなのだろう。
 『永遠の0』では神風特攻隊を「テロリスト」と新聞社員が呼んでいるとしたことにまず私は嫌悪感を持つ。 事実に基づかないあるいは大半の社員の意見ではないはずのものを、ストーリーの主要部分じゃないところにちりばめて視聴者に刷り込ませている。 これは、左派やマスコミが特攻隊を不当に蔑んでいるといったレッテルを貼ることで、その社会信用を貶める目的があるのだろう。 今までのマスコミのほぼすべては特攻隊を国家による犠牲者として扱っており、イスラム原理派のようなテロリストと同列視しているところなどはない。 にもかかわらず、平和主義を掲げているに過ぎない新聞社に反国家やスパイの烙印を押そうとする。
 そもそも、必ず戦地から帰りたいと思っている人は特攻どころか招集に選ばれないようにありとあらゆる工夫をした。 特攻隊には自ら志願でもしない限り、選ばれなかったであろうことは簡単にわかりそうなものである。 この時点でこの映画の前提はすべて崩れ去る。 ウソまみれと言っても良い作品に賛辞を送る監督と楽曲提供者およびアミューズに、私は国という冠を手球にとって民を騙す「詐国」どもと言ってやりたい。 彼らこそが「国のため」と称して名誉と収益を貪る真の国賊であろう。

>> 追記

百田尚樹氏、バヌアツやナウルをやゆする発言
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140524-OYT1T50207.html

日本の文学界には社会風潮として大政翼賛会的になって来ていることへの危機感はないのか。 下衆な週刊誌掲載の小説ばかりが商業的に成功していることで、日本文学が自己陶酔型のマスターベーションになってきている。 そもそも週刊誌販売を支えるキヨスク・コンビニの姿勢にも問題がありそうだ。

2013年11月10日 (日)

レギュラー番組の功罪

「はなまる」打ち切り 薬丸先輩に“引導”を渡したイノッチの実力
http://gendai.net/articles/view/geino/145746
はなまる「打ち切り」…限界だった薬丸、岡江の亀裂
http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/201863/

終わる理由はひとつじゃないだろう。 包囲網形成されていたといってもいい感じ。
やっくんはねぇ……脅し笑いって楽しくないんよ。 ワルぶって見せるアイドル時代のまんまで進化しない人。 この番組にしたって金ヅル逃してたまるかってな調子で続けてきたように見える。 ずっと毎日出っぱなしだと、自分を磨く時間がないのではないか? 共演者も本業を忘れた芸能人と一緒では楽しくないだろう。

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