教育・道徳

2019年4月24日 (水)

いじめ事件の風化画策

自殺生徒の献花台荒らされる 仙台、悪質ないたずらか | 共同通信
https://this.kiji.is/493384171915248737
https://www.47news.jp/news/3502260.html

 事件の関係者が、逆恨みで起こしているのであれば、許されることではない。 反省の仮面を剥いで素面での説明を求めたい。 また、事件を風化させたいと考えた地元民がしたことであれば、やり方が間違っている。 この地域の冷たさをメディア発信して迷惑この上ない。 仙台市は法やモラルよりも加害者側住民の憂さ晴らしが優先されるほど辺境の地なのだろうか。 事件解決後の再発対策の済んだ穏やかな日々の中で自然に忘れ去られていくのは仕方ないが、意図を持って無かったことに画策する人間の存在は、逆に事件がまだ終わっていないことを印象づけ、地域社会に疑心暗鬼を植え付ける。 犯人が特定できなくても地域住民ができることはあると思う。 絶対にこのような荒らし行為を認めないと宣言してみせることで、誰の味方なのかを誇示するのは有効だろう。 その程度のことができない地域社会には、後ろ向きで病的なものを感じる。

2019年4月20日 (土)

いじめの構造

News Up “日本に戻らなければよかった” | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190419/k10011889021000.html

私は、いじめには「ボス争い」と「椅子取り」の2つがあると思う。

 「ボス争い」は昔からあって、誰がクラスの雰囲気を主導するのかを争うもの。 これは生存本能とも言えるようなもので、おそらくどこの地域・学校・時代でも発生しうると思っている。 ボスが誰であるかを認めさえすれば、それ以上は争わないのがミソ。 もっと大きいシマを狙うためには、手下を増やす必要があるから、負かした相手を排除しない。 ボスが他のやり過ぎを諫めることもする。

 これと比べて「椅子取り」とは、居場所を集団で奪うリンチ行為。 死ぬまで追い込むという一線を超える。 これはゲーム感覚が災いしているふしがある。 死んでもリセットで生き返ると何となく思っているから、限度を知らない。 先達である政治家を見れば数の論理が横行しているし、教師・教委は事なかれ主義で警察沙汰にならない限り加害側を学校から追い出そうとはしないと知っている。 一方、自殺する側も死ねばリセットできると思っているふしがある。 この世で持ち越した問題を、来世でまた味わう可能性について思い至るなら、もっとやれるだけやってみようと思えるはずなのだが。 また、親を残して先に逝くことを叱ってくれる存在がいるかどうかでも違ってくるだろう。

 都市部は嫌なことから逃げ込める校外の余地を見つけやすいのに比べて、郊外・田舎では転校さえままならならず、逃げ場を失う。 クラス人数が少ない分、教師は目を光らせるべきだと私は思う。 それがウェット感が災いして田舎では体罰教師が未だに残ってしまう遠因にもなるわけだが、それは別の話。 基本的にいじめをなくそうと思うなら、どこがやってはいけない・口にしてはいけない・考えてはいけない一線なのか、共通認識を持つことが大事だと思う。 また学校はいじめグループを塊のまま放置することは厳禁だ。 加害側を強制転校させる制度があってもよいと思える。 今現在いじめられているなら、自分と同じ目に遭う子が出ないよう、社会改革を担える存在を目指してほしい。 死ぬのはそれからでも遅くはないだろう?

2019年3月28日 (木)

裁定者気取りの教委

体罰訴えた生徒の実名を当該教師に伝える 生徒は不登校に | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190327/k10011862401000.html
教育委員会は「対応が適切だったとは言えないが、事実を確認するためにはある程度の情報を本人に伝えることもやむをえない場合もある」とし処分の対象にはあたらないとしています。

 月末になるとなぜかニュースが多めになるので少々読み疲れてしまう。 だが、中でも目に止まったのはコレ。 教師による報復はありえないと思っていたというマヌケ系か、あるいは、むしろ身内たる教師に物を言うガキに報復は当然と考えるオレエライ系かのどちらかと思われる。 教委は元校長や地元の名士が選ばれたりするものだが、教育の専門家でも何でも無いのがいたりする。 自分の子どもを体罰で育て上げたことを自慢すようなクソ親も多い。 また、不満をいう家族全体を反逆的と捉えて、村八分にしてしまう。 私はド田舎の教育委員会など廃止にしてしまえと思っている。

2019年3月14日 (木)

自分の選択に責任を持たない人々

朝鮮学校の高校授業料無償化 学校側の請求を棄却 福岡地裁小倉支部 - 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20190314/k00/00m/040/139000c

 ひとことで言って厚かましい。 朝鮮人でも日本の小学校に入れるし、そこでは無償だ。 それを勝手に嫌って独自の教育機関に進んだのだから、無償化はその学校や母体に頼むべきで、日本政府や自治体ではない。 法や約束を妬みで捻じ曲げるような精神性と言われるのは必至だろうに。
 ちなみに韓国学校は日本政府の無償化対象となっている。 こちらも今後は対象外にしてもよいのではないか。 そもそも在日韓国人の多くは、日本の学校に通っていることがほとんどなので、実質困らないだろう。

2019年3月10日 (日)

戦争のサイクル期

「死ぬまでのリスト」トランプ氏との電話 党派超え実現:朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASM3925LDM39UHBI004.html
トランプ氏の選挙運動の手法に「恋に落ちた」と言うほどの支持者だ。

私は美談だとは思わない。 むしろ、同じ境遇の皆が同じことを期待できるわけではない以上、公表しない方がよかった。 ただ、彼のようにどうしてトランプ好きになるのか、については興味はある。 やはり、戦争や歴史を知らない世代には、独裁者は魅力的に映るということなのだろうか。 支持者はトランプは独裁者ではないと言い張るが、独裁志向者・独裁者予備軍といえば正確か。 段階を踏んで個人権力の集中を目指しているのは間違いなく、合法的範疇で行動するが人目につかないところでは非合法も厭わない。 そんなのに惚れてしまう人を優先的に病気から救ってやりたいとは、私が神仏なら思わないだろう。 こんなのがごろごろいる時代になったのだとしたら、反戦・平和教育は拡大せずに停滞・減衰期が訪れているのかも知れない。 今の時代、全力で全面戦争をやったら国どころか地球が壊れる。 超楽観主義者だけが、ファイティングポーズを取れる。

2019年3月 9日 (土)

名前の字句が持つ意味

「生きていくの苦しい」キラキラネームを改名 : 国内 : 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190308-OYT1T50247/

名前を付けた母親は、「唯一無二の存在」という意味を込めた名前だと、改名に反対していた。

親を殺したくなったことがあるかも知れない。 「王子様」という名前は酷すぎる。 せめて「王子」までなら地名もあるから何とかなりそうだが。 元の名前で生きるとしたら、芸能人しか道は無さそう。 名は体を表すとしたら、ホンモノになるためには天皇家を潰さなきゃならない。 それを薄々感じさせるから、いじめやいじられ役の対象になるのだろう。 親はそこまで考慮したのやら。

2019年3月 5日 (火)

ひわい指摘には謝っておけ

女子ハンドPRのコピー「ひわい」と批判 謝罪文を掲載:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM3461GCM34TIPE01P.html

ほんと馬鹿だねぇ……って、「卑猥と言う方が卑猥」とか言っている連中がだよ。 卑猥と感じさせなきゃキャッチコピーにならねぇだろ。 これは明らかに ヒ・ワ・イ。 卑猥を許せるかどうかは別の問題。 今は女性蔑視に敏感な状況。 この状況下で指摘されても、しつこく否定強弁したり自己弁護するから問題な根深くなるわけ。 ごめんよって謝っておけばいいんだよ。 セクハラだって、その場の単発なら「おバカ」で済ませてもらえても、繰り返すから問題になる行為ってのがあるんだから、わきまえるべき。 こういうボーダーライン上の揉め事で対応を間違える連中がいるから、つまんないんだよ。

2019年2月26日 (火)

確率的におかしい認可取り消し校数

高2「いじめで自殺」認定、学校は受け入れず
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190226-OYT1T50264/

以下、一般論。
 一旦設置されてしまった学校法人が認可取り消しになることはほとんどない。 だが、これだけ巷の企業・団体に不祥事があるのに、学校では不祥事が無いことにされてしまう。 人間だから間違も犯すというのが世の真実なら、裁かれてしかるべき学校も存在するはず。 学生・生徒を人質に厚顔無恥を繰り返しているのに手も足も出せない教師性善説を唱える聖域を許してよいのだろうか。 世のルールや品格は時代を経て向上しても、心の闇はいつの時代にも潜み吹き出るというものでしょう?

体罰の一考

児童養護施設で刺され死亡 元入所者「施設に恨み」:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM2T5283M2TUTIL022.html
「施設に恨みがあった。殺すつもりで刺した。施設関係者なら誰でもよかった」と供述

 おそらくは逆恨みや当たり散らしだろうか。 的確に心を指摘されることに腹を立てる子どもはいるだろう。 家庭教育ができていなかった子は論理で物事を捉えず、束縛や差別の加害側に立つことで満足を得ようとする。 ときに施設運営者は言葉だけで理解を得ようとすることに失敗するのではないか。 体罰は法律で禁止とされるが、それは矯正行動が体罰のみに依存してしまうからだろう。 しかし、束縛に慣れた子は、言葉だけの説得を軽んじることは想像に難くない。 いきなり、やさしさの中に放り込むより、漸時的に体罰を減らしていく方が精神安定するのではないか。 そのように思えて仕方がない。

面識あったが「誰でもよかった」4年前まで入所 : 国内 : 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190226-OYT1T50127/

 「恨み」というキーワードを出すだけで正当化が行われると思っている犯人。 世の人々を味方につけるべく犯行声明を用意するだけの思慮もない。 子どもは餓鬼でも天使でもある。 本来の姿なんてものは、そもそも最初から無いのだろう。

家賃トラブルで逆恨みしたか 施設長殺害事件の容疑者:朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASM2V5QRYM2VUTIL04K.html

 健常者と精神疾患との間に存在する人格異常者の扱いについて、社会はもっと積極的に干渉を強めないと、いつまで経っても通り魔的な犯行を防げない。 特に高すぎるプライドの持ち主への応対方法はもっと研究されるべき。

「他の職員も刺す予定だった」 施設長刺殺事件の容疑者:朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASM2W2VGNM2WUTIL003.html
錯乱した様子で部屋の壁にハンマーのようなもので穴を開ける
「職員にストーカーされていた」

 性格異常者を事件後になって初めて精神疾患認定するパターン。 自尊心が高すぎるだけでなく物品破壊や生命軽視や人身攻撃的な性格な者に対してはもっと半強制的に診断を下すべきではないのか。 基本的に社会を円滑に生きるには他人には物事を良い方に解釈すべきではあるが、器物損壊事件を起こした成人に演技に酔っているだけだという見方は甘いと思う。

2019年2月20日 (水)

死人に口無しだった いじめ自殺者

いじめ自殺、元同級生2人に3750万賠償命令
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190219-OYT1T50192/

中2自殺は「いじめが原因」 友人から「格下」に固定化
https://www.asahi.com/articles/ASM2M3R2DM2MPTJB003.html

当時は騒がれた事件もひっそりと判決。 自殺後に謝罪もなく、報道から逃げるように転校した先で平然と暮らす同級生に許せる気など微塵も起こらない。 学校や教委や警察が生き残った側だけを保護する姿勢に怒り心頭だったことや、裕福な家庭の子だから加害側にはならないというのは思い込みだと改めて感じた事件だった。 ちなみに闘争が人間の本質に関わる行為で不可避だとしても、死なせる一線を超えないようブレーキをかけるのは誰が教えるのであろうか。 自分で学び取れというだけでは事件は防げない。

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