信仰・宗教

2015年2月20日 (金)

完全排他思想下では布教は進まない

イスラム教の最大の欠点は、組織統合されていないこと。 カリフという血族伝承が途絶えたのち、正統性を維持する教団も分裂・崩壊した。 キリスト教プロテスタントがローマを離れて聖書に典拠するように、イスラム教徒もまたコーランに行動原理を求めるようになった。 シーアとスンニと2つの区分はあるものの、さらにその中身はバラバラである。 法解釈は、現実解を求めて変遷・変節が甚だしい上に徹底されない状態。

「日本人は兵士ではない、殺すな」仲介役が説得
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150219-OYT1T50101.html
ヨルダンのイスラム法学者アブムハンマド・マクディーシ師が、ヨルダン政府の依頼で「イスラム国」との交渉

コラム:イスラム世界が嫌悪する焼殺映像の「残虐性」
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0LA0GJ20150207
エジプトのカイロにあるイスラム教スンニ派の最高権威機関、アズハル大学
カタールでは、著名法学者ユースフ・カラダーウィ師が率いる国際ムスリム聖職者協会
イエメン南部で要職に就くシェイク・フセイン・ビン・シュアイブ師

イスラム学者がテロ否定の宗教令、過激派の自爆テロを糾弾
http://cnn.co.jp/world/CNN201003040009.html
イスラム学者のムハンマド・タヒル・カドリ氏「自爆テロを行った者は地獄に落ちる」との解釈

 ムフティー(ファトワを出せるイスラム法学者)はいるが、統率者ではない。 周囲さえ説得できれは自称できる(そもそも最高権威なら自称するしかない)。 論者であっても実行者として責任を果たさないことがほとんど。 聖地メッカのあるサウジアラビアも言ってみれば墓守であって、政府見解は他のムフティーと同様に影響力は限定される。
 イスラム圏の国では政府と教団が分離していないため、宗派の争いが国を巻き込んだ戦争へとつながりやすい。 つまり、同じ教義でも国の分だけさらに宗派が分かれる。 国に取り入って権力を握る行為が自宗派の越境布教や統率性の妨げになるとは、皮肉なものだ。 日本も国家神道を進めれば進めるほどに、他国・他宗との断絶感が際どくなるのは間違いないだろう。

2015年2月18日 (水)

有識者という原則論者

(戦後70年)近づく 靖国と自衛官
http://digital.asahi.com/articles/ASH230NZ2H22PTIL01T.html
 遠ざかっていた「戦死」が再びリアルに感じられる時代に、自衛隊員やOBが靖国との距離を縮めている。
 自衛隊側が慰霊に関わる動きは地方でも進む。 護国神社は隊友会の依頼で事故などで殉職した自衛官を神として合祀した。いったん断絶した旧軍と自衛隊、戦中と戦後が、護国神社を介して溶け合い、慰霊が受け継がれていく。
 殉職者のクリスチャンの妻が「信教の自由」や「政教分離」に反するなどとして、国に損害賠償を求めた「合祀拒否訴訟」も争われたが、最高裁は88年に訴えを退けた。 夫の合祀を拒んだ思いを「お父さんを勝手に神様にするなんて変でしょ」と振り返る。国のために亡くなる行為を神格化し、美化することへの違和感があったという。
 護国神社とは異なり、靖国神社は殉職自衛官を合祀してこなかった。例外はあるが「戦死」「戦傷病死」が合祀の対象だからだ。 まつるとしても、A級戦犯の合祀や復古的な歴史観など、靖国に対する評価は割れている。同盟国の米国や国連など海外の要人が訪れ、弔意を示せる場になるのか議論を呼ぶだろう。
 10年余り前、当時の官房長官、福田康夫のもと靖国に代わる無宗教の追悼施設が構想されたことがある。 狙いは、思想信条を問わず「何人もわだかまりなく平和を祈念できる施設」の実現だった。有識者が、PKOなど「国際平和のための活動における死没者」も視野に入れて報告書をまとめたが、政府内で意見が割れ、立ち消えたままになっている。

日本に限らないが、伝統を理由とした原則論を譲らない者を有識者に加えると議論がすべてストップする。
 皇室典範・女性天皇や国家追悼施設・領土問題に関するものがそうだ。 あくまで権力庇護・完全掌握にこだわる神道関係者が譲らない。 彼らはあらゆる手を使って間口を広げようを画策する。 何もしないよりマシなことはいくらでもあるのに、一旦事を進めると取り返しがつかないと信じて狂ったように反対しまくる。
 それでは立ち行かなくなるではないかと問われれば確かにそうで、日本の歴史上では時の権力者が圧倒的支配力で持ってねじ伏せてきた。 そこまで集中集約しなければ、この国は変われないのか。 今もなんとなく国内に支配力強化を待ち望むような雰囲気が醸成されている気がしてならない。 誰がいつ何のためにはじめたかもよくわからない伝統にしがみつくことは、暴走狂気の源泉となりうる。 私は何ら価値を見い出せない。

>> 追記

「国のリーダーとして当然」靖国参拝に安倍首相
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150217-OYT1T50108.html

今まで参拝してこなかった先輩首相を侮辱していることに気が付かないのか。
「神道にあらずば日本にあらず」的な傲慢解釈に辟易する。

2015年2月12日 (木)

日本の土着宗教

改憲に賛否、建国記念日で集会 世論の右傾化に危機感
http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015021101001308.html
神社本庁などでつくる「日本の建国を祝う会」は渋谷区で式典を開催し、約千人が参加。「憲法改正へ向けた動きを加速してゆく」「賛同者の輪を拡大する国民運動を大いに推進する」と訴える決議を採択した。

なんで宗教団体が憲法解釈に意見するのか。
 国家神道の復古を企んでいるのは明白だろう。 大戦の間違いを繰り返せば、再び天罰仏罰必中というものだ。 神道と天皇制は明確に分け、靖国とは別の国家慰霊施設を作るべきだろう。 日本が近代国家として1.5流なのは、この土着宗教を捨てられないからだ。 他国からは、どんなに仲良くなっても「あんたんとことは違うからね」と一線を引かれる理由はそこにある。 突き詰めれば、先祖崇拝こそが身分差別の根源であることを知るべきだ。

ジハーディスト化する子どもたち

難民の子どもがイスラム国の兵士と化している。 犯罪者予備軍に飯を提供している現状をどうにかしないと、この戦闘はマッチポンプで永遠に続くことになる。 教育を施すか、餓死させるかの二択を覚悟するべきではないのか。

シリア:避難高校生が「ジハードに」…数千人が行方不明も
http://mainichi.jp/select/news/20150206k0000m030075000c.html
イスラム国、子ども向けプロパガンダで「未来の聖戦士」育成狙う
http://www.afpbb.com/articles/-/3037341
ダーイシュ(イスラム国)から脱走したシリアの少年兵「ダーイシュには加わるな」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/07/isis-child-soldier_n_6637644.html

子どもには他教徒を含めて人殺しそのものが避けるべきことなんだという感覚が薄い。 『ジハード』の意味を適切に説明できる大人がいないからだ。 親が宗派替えを完全否定する以上、その中で正義を見つけざるを得ない。

入信式 | Japan Islamic Trust
http://www.islam.or.jp/services/%e5%85%a5%e4%bf%a1%e5%bc%8f/
しかし、一旦イスラームに入った後で、もとの宗教に戻ることは許されていないことを充分に知っておいて頂きたい。

日本で布教するイスラム教徒でさえ、何をしでかすかわからない。 我が国は信教の自由が保障されている近代国家だ。 入って来ようとするものを拒むことはできても、出て行くことを拒むことはできない。 彼らはそんな基本さえ否定する。

日本でのイスラムテロと疑われる事件はすでに起きている。 大方はもう忘れさられているようだが。
悪魔の詩訳者殺人事件 - Wikipedia
五十嵐一 - Wikipedia

2015年2月11日 (水)

イスラム教徒の勘違い

改めて出版中止を要請=仏風刺画転載本出版で-イスラム教団体
http://www.jiji.com/jc/isk?g=isk&k=2015021000789
「表現の自由は大事だが、限界もある。イスラム教徒の心に憎しみを生じさせることは止めてほしい」

他宗派の信徒にとって、通俗上の配慮義務を越えて他の神仏に敬意を払う必要はない。 絵画で人物・神仏を表現すること自体は、他宗派にとって別段侮辱には当たらないからだ。 教義教条以外に神仏を絵画的に表現してはならないとする合理的な理由もない。 特定宗派の教条に配慮せよというのはその宗派の作法の押し付けであり、信教の自由に対する干渉行為である。 そもそも『哀れみ』ならまだしも『憎しみ』を正当化させる宗教をまっとうな宗教だとは思わない。 宗教とは心の平穏もひとつの目的になるのだろうが、その崩壊しにくさも宗教の評価基準となる。 イスラム教は外部要因ですぐに心を乱される低レベルな宗教と公言しているようなものだろう。

2015年2月 8日 (日)

中東の近代思想化

若者はなぜイスラム国を目指すのか…池内恵氏インタビュー
http://www.yomiuri.co.jp/feature/yokoku/20150203-OYT8T50221.html
 日本の思想界にも問題がある。西洋社会は長年の哲学的議論の末に、中世における「神の優越」を覆し、人権や自由を重んじる近代主義を獲得してきた。つまり、絶対的な「神の啓示」と近代自由主義は並び立たず、「神の啓示」を認めるのは自由主義を否定することだ、というのは西洋の常識だ。ところが日本の知識人は、「神の啓示」と自由主義は両立可能だ、むしろ自由主義が桎梏だ、というような議論を平気で展開している。

「西洋社会はキリスト教を含む宗教の影響を排除して自由主義や資本主義経済や科学教育を確立していった。 にもかかわらず、日本人はそれら近代思想に並ぶ価値あるものとして、安易に伝統としての宗教をあらゆる局面に組み込もうとしている。」と批判しているのかな? ずいぶんとまあ、わかりづらい文章だわな。
 イスラム国家に近代思想を薦めるということは、イスラム教との政教分離を求めていることに他ならない。 だが、イスラム統治にどっぷり浸かっている彼らからは、そうは受け取ってもらえない。 近代思想はキリスト教・ユダヤ教の偽装布教だと思われてしまうからだ。

池内恵氏は、

抜本的な対策はイスラム世界の「外」から強制できるものではない。事態の打開にはまだまだ長い時間がかかるのではないだろうか。

と結んでいるが、結局、イスラム教徒自身が近代思想を信仰に優先させ、暴力布教を禁止しない限り、滅んでもらうより他ないように思える。 それを西洋社会があからさまに口にしないのは、宗教戦争になりかねないことを憂いているからであろう。

現状:西洋近代国家 → イスラム教国家 → イスラム過激派・原理主義者
理想:西洋近代国家 → 中東近代国家 → イスラム穏健派

なのだろうが、イスラム教国家を仲立ちとせずに直接イスラム過激派を叩き潰してしまうと、中東近代国家は成立し得ない。 傀儡の危機感を募らせたイスラム教国家が反旗を翻してしまうだろう。

泥沼:
  西洋近 → イスラム過激派・原理主義者
  代国家 ← イスラム教国家

最悪は西洋社会がイスラムを恐れるあまり近代思想を忘れ、非イスラム宗教を頼った場合。

最悪:
  非イスラム教徒 → 宗教国家 or 民族主義国家
 →←
  テロ支援国家 ← イスラム過激派・原理主義者

こうなると、どっちが勝ってもひどい結果にしかならない。
 しかしながら、近代思想は個人の集合体によって維持されるのであって、高い志や資質を持ち寄らなければ機能しないようにも思える。 神仏の存在なしにモラルを保てるかどうか。 真面目を皮肉る風刺や嘲りが公共の場に必要なのか。 私としては、統治者には宗教に依存しないモラルを必要とし、統治には何かしらの宗教を必要とするのではないかと思っている。

2015年1月28日 (水)

布教と犯罪

女子学生、凶器を事前に準備 名古屋の女性殺害
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015012790205137.html

一般に、宗教に深煎りした人が犯罪を犯すと言われているが、実際は逆の例が多々ある。
 様子がおかしいとして、皆が疎遠にしている人のとこへ出かけて言って話をすることも多い。 誤った姿勢を質したときに逆上されて被害を被ることもある。 信仰している知り合いに、テロ前のオウム真理教から知人を脱会させた人もいる。 そういった献身的な行為のお陰で、社会秩序が保たれているのは、認めなくてはならないだろう。
 無宗教がよいのは社会インフラの話であって、人格的な無宗教は醜悪な自己保身そのものである。 自分の頭の上に何人(なんぴと)も置かず、感謝も敬虔も浅い人が、無宗教ボランティアでリスクを取ることはこの先もないだろう。

>> 追記

女性殺害:名古屋大生「高校時代に友人に毒。友人に障害」
http://mainichi.jp/select/news/20150128k0000e040229000c.html

責任を取らない三大職員は、学校教師・児童相談所・保健所である。
人権だ何だと言いながら、本来介入すべき判断を先送りして、人間をダメにしている機関だ。 もちろん、責任を取れない状況に追いやっている雇用者たる自治体や国の責任はさらに重い。 これでは、無責任のお手本を広めているようなものだ。

仏警察、「テロ称賛」発言めぐり8歳児を聴取
http://www.afpbb.com/articles/-/3038049

日本のネットではフランスに対して否定的な意見が多い。 しかし、私は賛成だ。 子が意味もわからずにスタンドプレイにいそしんで仲間はずれに遭い、それがきっかけで本物の犯罪者になるくらいなら、今のうちに芽を摘むことは当然だ。 子どもの戯言と放置しているから大事になる。

2015年1月14日 (水)

キリスト旧世代

ローマ法王「宗教の共存」訴え スリランカで歴訪開始
http://www.47news.jp/CN/201501/CN2015011301002634.html
「宗教が平和に共存し、暴力行為を非難する社会を目指さなければいけない」

これも違う。
 『宗教の共存』というのが現状維持を指しているのだとすれば間違いだ。 暴力や武器を背景とした脅迫による布教が禁止なのであって、言論による宗教淘汰はあってしかるべきだろう。 安易な美辞麗句では問題の本質を見失う。

家族の影響

パキスタン タリバンを軍事作戦の対象に
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150114/t10014653101000.html
「すべての過激派グループに対し、区別することなく対応が取られる」

今頃かよ。
 この対応の鈍さは、やはりタリバンはパキスタン政府が育てた過激派だったという証左。 きっと、マララさんがノーベル賞をもらわなかったら(やっかみで学校が襲撃されなかったら)、未だに手を切れずに未練を残していただろう。 犠牲を払うまで国民が気付けないというのは、政府の広報が足りていないのか。 報道メディアどころか識字率さえ怪しい国では、往々にしてこのようなことが多い。 家族の影響が濃すぎるというのも考えものだ。

2015年1月13日 (火)

イスラム旧世代

雪だるまは「反イスラム」 サウジの法学者が宗教見解
http://www.47news.jp/CN/201501/CN2015011301001455.html
Saudi cleric condemns snowmen as anti-Islamic
http://www.reuters.com/article/2015/01/12/us-odd-saudi-snow-idUSKBN0KL15N20150112

またかー。
 2001年、ネットゲーがはじまる直前の頃の話。 ゲームボーイ版ポケモンが日本を席巻していた。 ところが、中東諸国でポケモンが禁止されるということが起きる。

CNN.com - Saudi bans Pokemon - March 26, 2001
http://web.archive.org/web/20080525034521/http://archives.cnn.com/2001/WORLD/meast/03/26/saudi.pokemon/
海外宗教事情4 『ポケモン』はハラーム(禁止)!? イスラムからもユダヤからも怒られる『ポケモン』 MANGA王国 ジパング/ウェブリブログ
http://world-manga.at.webry.info/201205/article_26.html

今では、ポケモンはもちろん、アニメや漫画も一部修正付きで流通しているという。
あれはなんだったのか。 そして今頃になって、雪だるま禁止と。
人型ロボットとか当然ダメなんだろうね。 でも、ネコ型ロボットアニメはいいのか。 よくわからない世界だな。

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